【休眠預金】全ての子どもに平等な部活動の機会を、持続可能な移動支援への道(長崎県雲仙市)
未来基金ながさきは、休眠預金等活用事業(2022年度通常枠)の助成先として一般社団法人高島活性化コンベンション協会ESPO(佐世保市高島町)と認定特定非営利活動法人長崎OMURA室内合奏団/対馬ほほえみ会(対馬市)、うんぜん部活動移動支援実証実験運営協議会(雲仙市)の3団体を採択した。3団体は今後、休眠預金を活用して「地域共生社会で子ども達の故郷を無くさない」をテーマに「文化」と「交通」の2分野における課題解決に取り組む。その中でどんな困難に直面し、乗り越え、どんな成果を生んだのか―。それぞれの取り組みをシリーズで届ける。
全ての子どもに平等な部活動の機会を~持続可能な移動支援への道~
雲仙市は島原半島に位置し、面積は約214平方キロメートル。南北に縦長の地形で、海と雲仙岳をはじめとする雄大な山岳地帯を抱えている。鉄道は市北部の沿岸部にしかなく、人口減少に伴い路線バスも主要幹線道路以外をカバーできていないため、多くの市民が日常的な移動を自家用車に頼る。このような交通環境が、子どもたちの文化芸術やスポーツに触れる機会に格差を生んでいる。うんぜん部活動移動支援実証実験運営協議会は、こうした移動の問題を解決しようと発足した。これまでの取り組みなどについて、監事の西川卓也さんに話を伺った。
民間企業など関係機関が集結
大きな夢への新たな一歩
西川さんは、吹奏楽の経験者で吾妻中学校の校長(2024年9月時点)でもある。市内に7つある中学校の吹奏楽部のうち、3校は部員が10人未満、残り4校も部員不足の状況にある。少人数ゆえに演奏できる曲などが限られてしまう現状を、西川さんは憂いていた。そこで2022年、発起人の1人として中学生を対象とした吹奏楽の地域クラブ「雲仙ジュニアブラス~Best Smiles~」を設立し、代表に就任した。
文化庁はスポーツ庁と同様、少子化による廃部や活動の縮小、教員の長時間労働などの課題に対応するため、公立中における休日の文化部活動を地域の文化芸術団体や外部指導者らにゆだねる、いわゆる「地域移行」を進めている。この流れを踏まえての設立でもあった。
初期メンバーは27人。土日の午後に千々石中学校などで練習し、イベントやコンテストで練習の成果を披露した。それぞれの中学校の吹奏楽部だけでは出演、出場が難しいため、生徒たちには良い経験となった。一方、保護者から「毎週の送り迎えや楽器の運搬が負担になっている」という声が寄せられるようになった。
土日が休みの家庭ばかりではなく、休みであっても仕事などで送迎できないこともある。「保護者の負担を減らせる方法はないか」。悩んでいたころ、新聞に掲載されていた休眠預金事業の公募の記事が、西川さんの目に留まった。
早速、未来基金ながさきに連絡。事業概要の説明を受け、事業期間終了後は取り組みを自走させること、応募するには組織を作る必要があることを知った。「可能性は感じたが、条件をどうクリアするか悩んでいた」と応募をためらっていた。ちょうどその時、市から部活動の地域移行などに関する連絡があり、西川さんは休眠預金について相談。結果、共同で休眠預金事業に取り組むことになった。
以降は市と協力してさまざまな機関を巻き込み、民間企業やPTA、交通事業者などでつくられる、うんぜん部活動移動支援実証実験運営協議会を発足。まずは雲仙ジュニアブラスをモデルとして2023年10月、移動支援事業に着手した。するとすぐに、7人が新たに入部した。
事業開始前、西川さんが市内の中学生に実施したアンケートには「雲仙ジュニアブラスに入りたいが、移動手段がないので入れない」という声が寄せられた。「頑張らなきゃいけない」。この強烈な想いを心に刻み、西川さんは子どもたちの未来のために奮闘している。
=雲仙ジュニアブラスの練習を見守る西川さん=
他校の生徒との交流で生まれた変化
広がる移動支援と地域クラブの可能性
雲仙ジュニアブラスの練習は土日の午後、主に千々石中学校で行われる。24年9月時点で部員は30人。うち、約10人が移動支援を利用している。移動支援は、同協議会がタクシー会社に経費を支払い、タクシー会社が生徒を送迎する仕組み。千々石中学校まで向かうルートは北と南からの2ルートで、生徒側の負担は片道200円(往復400円)に抑えている。市外への送迎は行っていないが、市内で開かれる夏祭りや出初式など市内イベントに出る際は会場まで送迎している。
事業は好評だ。
瑞穂中3年生の女子生徒は移動支援が始まるまで、片道40分以上かけて両親に送り迎えしてもらっていた。両親が送迎できない時はバスと電車を乗り継ぎ、1時間以上かけて千々石中に通ったこともある。しかし今では「とっても助かる」と移動支援を最大限活用している。
移動支援の効果はそれだけに留まらない。「色んな学校の友達と交流できて楽しい。一緒に遊ぶほど仲良くなった子もいる。高校生と練習できる機会もあって勉強になるし、イベントにも出られる機会がたくさんある。とてもいい経験になっている」と充実感を漂わせる。
保護者からは「タクシー代は安いし、送迎してくれてとても助かる」「ジュニアブラスに入れてよかった」「どんどん成長しているのを感じる」といった声が寄せられているという。
=イベントに出演する雲仙ジュニアブラス。移動支援でメンバーは増加傾向にある=
求められる自走体制の構築
持続可能な支援のために
移動支援には課題もある。大きく分けると①連絡ミスによる機会損失②自走させるための仕組みの構築、の2つだ。
連絡ミスによる機会損失の課題は、ヒューマンエラーによって発生している。タクシー会社との連絡ミスにより、タクシーが来なかったり生徒が集合場所に現れなかったりする事態が何度か発生。結果的に生徒にとっては雲仙ジュニアブラスの活動に参加する機会が、タクシー会社にとっては収入の機会が失われた。これを解決しようと、保護者がスマートフォンでタクシー会社に利用申請できるシステムの導入を検討している。
移動支援の取り組みを自走させるための仕組みの構築は、最大の課題だ。協議会が総額約2900万円の助成金から必要経費をタクシー会社に支払っているからこそ、生徒は片道200円の安価な料金でタクシーを利用できている。休眠預金の事業期間が終了となる2026年2月までに、助成金がなくても移動支援を持続させなければならない。
検討されている解決策の一つは、自家用有償旅客運送の展開だ。これは、バスやタクシーだけでは十分な移動サービスが提供されない過疎地域などにおいて、住民らの日常生活の移動手段を確保するため国土交通大臣の登録を受けた市町村や団体が、自家用車を用いて有償で運送する仕組み。このほか、SNSを使って移動支援の活動を発信することで地域クラブの参加生徒を増やし、運行経費を確保する案や、地元企業をスポンサーとして募集する案も挙がっているという。
これらの課題を解決することができれば、住む場所に関わらず都市部の子どもたちと同じようにクラブ活動に取り組めるようになる。公共交通機関の利用者が増えれば、地元の交通事業者の収益増につながり、地域の交通網が縮小されていく流れに歯止めをかけられるかもしれない。ただ、その道のりは決して平たんではない。
それでも雲仙市内の子どもたち、さらには同様の課題を抱える地域のために、この挑戦には価値がある。事業終了まで残り約1年半。西川さんは「色んな人のおかげで着実に前進している。持続可能な移動支援の実現に向け、1日1日を大切にして頑張っていきたい」と決意を語った。
=移動支援ではタクシー業者が送迎を行う=
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